「生粋の出雲人」を自称する郷土史研究家は、文化施設や組織の運営から、出雲弁の保存活動まで地元への貢献を惜しまない。「出雲の語部」として、郷土の歴史と文化を伝え続ける。
『新世』2017年11月号掲載
73年前海軍で特攻の訓練に励んだ青年は、敗戦後広島の惨状を目にし、大学では海洋自然の破壊を学ぶ。現代文明の危うさを問い続ける芸術家が、若いアートファンの熱い注目を集める。
『新世』2017年12月号掲載
戦前には全国の相撲好きが、ラジオ中継に熱中した。その一人、小倉の少年は夢をかなえ、NHKアナウンサーとしてラジオでもテレビでも、大相撲中継に欠かせない存在となった。
『新世』2018年1月号掲載
初の東京五輪開催は、昭和十五年のはずだったが、戦争により大会は中止。翌々年入部した大学の名門競走部で、青年は次の大会を目指した。だが、出征が彼の五輪出場の夢を打ち砕いた。
『新世』2018年2月号掲載
津軽の雪原を走るストーブ列車に現れる赤い頭巾の妖精は、笑顔の輝くミサオおばあちゃん。一口食べれば、誰もが魔法のように笑顔になるやさしい味の笹餅は、彼女の手間ひまの結晶だ。
『新世』2018年3月号掲載
太平洋戦争当時、名古屋帝国大学医学部卒業と同時に海軍軍医学校出頭。徹底的な特訓を経て軍医中尉に。人生最初の勤務を命ぜられたのは、世界第一を誇った超弩級戦艦「大和」だった。
『新世』2018年4月号掲載
<表記のご年齢は、『新世』掲載時のものです>